柏木聡美 事件録|CASE 01

第5話「空の着地」

空は落ちる。落ちる場所を、こちらが決める。

本文

 捜査は、勝ち負けではない。
 “取り返し”の工程だ。

 スクショのアイコン。短い指示。期限。確認。
 それらは単体では罪にならない。——しかし積み重なると、構造になる。

 柏木は会議室で、資料の束を机に置いた。
 班長、相棒、分析担当が揃っている。

「“会社”は飾りです。中身は、役割の連結。紹介者は燃料。名義は容器。会場は舞台装置」

 班長が言う。
「で、上はどこだ」

 柏木は、紙の一点を指した。
「この指示の言葉遣い、説明会の講師と同じです。“安心の作り方”を知ってる人間の癖。それと——会場の手配記録。ここに同じ連絡先が出る」

 相棒が頷く。
「繋がったな」

 柏木は、短く息を吸った。
「繋がっただけです。——崩します」

 その夜、動いた。静かに。派手にしない。
 派手にすれば、被害者の心が“自分は騙された”と直視してしまう。
 直視は救いではない。時に、破壊だ。

 現場は、同じ雑居ビルだった。
 机の上にはパンフレットの束。粗品の袋。名刺の箱。
 安心の部品が、部屋の中に散らばっている。

 男は言った。
「うちは、投資の“紹介”を……」

 柏木は、淡々と返した。
「紹介の顔をして、責任を切り売りしてましたね」

 男は笑ってみせた。
「被害者だって、得したかったんだ」

 柏木は、その言葉を否定しなかった。
 代わりに、別の言葉を置いた。

「得したかったんじゃない。安心したかったんです」

 男の表情が、わずかに歪む。
 欲望は責められても耐える。だが“安心”は、奪った側の正当化を崩す。

「あなたは、安心を商品にしました。——返品できない形で」

 容疑者の目が、逃げ道を探す。
 しかし逃げ道は、書類の中にしかない。そして書類は、こちらが先に押さえている。

 逮捕は終わりではない。
 取り調べ、裏取り、被害の掘り起こし、紹介者の救済。
 “これから”が長い。

 署に戻る車内。相棒が言った。
「お前、最後にあれ言う必要あったか」

「どれです?」

「安心したかったんです、って」

 柏木は窓の外を見た。夜の街は、光が多いほど影が深い。

「必要です。——被害者が“恥”で潰れないために」

 事件は落ちた。空は着地した。
 しかし、地面に残る傷は消えない。
 柏木聡美は、次の事件の資料を手に取った。
 金は嘘をつかない。嘘をつくのは、いつも人間だ。